​前例踏襲の「コピペ経営」ではもはや立ちゆかない!イノベーションが生まれる必須条件は「幸せ」

カルチャリアで提供しているサービス「ハピネスサーベイ」。企業の働き方改革のツールとして、社員満足度とともに社員幸福度も調べるこのサーベイをより充実させるため、相模女子大学教授・九里(くのり)徳泰先生に監修として新たにご参画いただくことになりました。ご自身も冒険家兼ジャーナリスト、行政の政策参与、大学教授など「働くなら楽しく」をもとに世界を見つめ、ユニークなご経歴を積まれてきた先生に、「なぜ今、経営に社員幸福度が必要なのか?」を伺いました。

「世界一幸せな国」がそれほど幸せではなかった?!
「幸せ」って何?​

九里先生の研究テーマは観光地域活性化、持続可能な観光、企業経営とCSR、サステナビリティ・マネジメント、女性の社会進出などなど多岐にわたります。そんな中で、「幸福度」に焦点を当てるようになったきっかけは何だったのでしょうか?


九里徳泰先生(以下:九里先生)

それは1993年にブータンに行ったことですね。かつて冒険家兼ジャーナリストとして世界80カ国ほど回っていた際に、当時のシッキム王国のプリンスで、ブータン王族でもあったジグミ・ワンチュク・ナムゲル氏とネパールのカトマンズで知り合いまして、彼の招待で1ヶ月ほどブータンに滞在しました。


周知の通りブータンは「世界一幸せな国」と言われていますよね。しかし、あまり「幸せ」には見えなかったのです。


ブータンは立憲君主制でかつ宗教が強く、民族衣装着用義務や伝統的儀礼の実施と尊守などの制度があり、自由な暮らしといっても限定的な自由でした。また、産業は農業、林業、水力発電の売電、観光で、貿易赤字が続いている状態、一人当たりGDPは約3400ドルで世界131位です。


とはいえ、豊かな自然環境とゆるやかに増加する人口ゆえに自給自足の生活ができていて、宗教的な生活とともに“昔と変わらない”という良さはあります。しかし、国民総幸福量(Gross National Happiness:GNH)の概念こそ素晴らしいものの、先進国には到底当てはめられるものではありませんでした。


そんなブータンの実情をみたことで、「幸福(ハピネス)とはなんだろう」と考え始めたのです。その結果、ブータン訪問から17年もかかりましたが、2010年に「ブータンのGNHと幸福度評価-Gross National Happinessの思想とその測定」という論文にまとめることができました。この中で提議・考察したのは、日本の幸福研究の「幸福度は個人の主観」という通説を乗り越え、“その人が置かれる環境によって幸福度は変化する”、つまり、環境を仮に用意できれば幸福度も変化するという仮説です。

海は目の前!Patagonia(パタゴニア)のオフィスで感じた
企業にとって必須なもの

そこから「幸福」を“経営”と結びつけていかれたのにはどのような過程があったのでしょうか?


九里先生

もともと経営学が専門で、働くのであればいろいろな意味で「楽しく働くべき」というのが根底にあります。


例えば、今では環境問題に関する活動のリーディングカンパニーであるPatagonia(パタゴニア)がよい例かなと思います。私は、ジャーナリストをしていた80年代から多くの取材をしていて、彼らについての記事も論文も書いたことがあります。


『社員をサーフィンに行かせよう』という書籍が発売され、日本でも有名になったPatagonia創業者のイヴォン・シュイナード氏は旧知の仲なのですが、彼を約束の時間に訪ねると、いつもオフィスにおらず、戻り時間を受付に聞いても「今日は波がいいからわかりません」と、1時間以上も待たされるんです。オフィスから海は目の前ですからね。社員たちも裸足でオフィス内を歩き回っている。


生産性の高い労働スタイルかは今でも不明ですが、社員たちの幸福度は非常に高かったと思います。当時としては早くに企業内保育園(キンダーガーデン)もありその教育はとてもユニークでした。ライフ・ワークバランスの追及を自然としていましたね。この働く環境がイノベーティブな同社の事業に繋がっているのだという実感も得られました。


彼らを有名ブランドに押し上げたフリース・ジャケットも、毛布を服にする発想と考えれば単純ですが、ユニクロが発売する10年以上も前にこの画期的なスタイルを考えられたのは、この環境があるからこそだと思っていました。


まだ因果関係ははっきりしませんが、Innovation(イノベーション)とHappiness(ハピネス)、Workstyle(ワークスタイル)は密接な関係にあると思います。


私は工学博士なので、数字的に経営を考えますが、最後はやはり”人”なんだと思いますね。人的資本経営が重要かなと。

心が死んでしまわないよう、人としてどうあるか?
どう生きたいか?

ワークライフバランスの時代が終わり、ワークライフミックスやワークライフハーモニーと言われるほど、ワークとライフは切り分けられるものではなく、全体的に幸せ(ハピネス)は重要な要素のようですが、近年、特に若い人の幸福度が下がり、何をするにもモチベーションが上がらないとのお話も聞きます。


九里先生

私は13年前から富山市政策参与を努め、全世代が豊かで幸せと思えるコンパクトシティの実現を目指す同市で、さまざまな政策を行っています。これは他の地方都市と同じく、人口減・高齢化・中心市街地の空洞化と年を追うごとに活力がなくなってきている状況に危機感を抱いた、富山市の森雅志市長からの依頼だったんです。

 

まず、広く市民に、豊かさとは、幸せとは何かを様々な方法で情報収集をしました。結果、高齢者であれば孫と遊べることとか、若者であればよりよい職場環境があるとか、それぞれに望んでいることが違っていたんです。その今の望みと、少し先に必要になるであろう「将来の市民」の要望を考え、2段階で豊かで幸せな状態を全ての世代に向けて作ろうと動き出しました。まずは市役所が中心となりましたが、その状態を目標として設定することで目に見えて職員のやる気がでてきました。1つの大きな目標が掲げられたために、それに到達するロードマップを作り・実施していかなくてはならないからです。

 

その姿を見ていて、まずは、人としてどうありたいか、何を目指し、生活や人生をどう生きたいかを決めるということが大事なのかなと思いましたね。

 

実は、大学の教え子たちの中でも「どう生きたいか」を考えあぐねている姿を見かけるんです。

 

私が冒険家になったのは「それをやりたいから」だけで、やりたくもない幸福度の低い仕事をして“心が死んでしまう”よりは、有意義な時代だったと思っています。私もPatagoniaのイヴォン氏のようにサーフィンをやっていて、人生においても「いい波が目の前にきたら乗れ。後悔してもその波は二度とこない」をモットーに、流れに乗ってキャリアを積んできたので、幸福度は常に高いです。

 

しかし、このことを教え子たちに話すと「それができたのは先生(の時代とキャラクター)だから」と言われてしまう。しかし、本当にそうでしょうか?たとえ小さくても、チャレンジなくしては自分の楽しい人生はないはずです。時代のせいや自分のせいにするのではなく、ぶつかっていかなきゃとも思いますね。

幸福度の可視化だけではダメ。その先に必要なものとは?

従業員の幸福度やモチベーションが低いとわかっても、経営的に回っているから変化を求めない企業も日本には多いようです。

九里先生

社員1人ひとりが幸福感を得られる職場環境でないとイノベーションは起こらないし、イノベーションでしか企業は伸びません。別格の物理法則といわれるエントロピーの法則の「全てのものは時間軸で散逸し劣化していく」ことは経営にも当てはまって、うまく回っているからといってずっと実践されてきた経営を踏襲していくだけの「コピペ経営」では、企業は衰退の一途を辿るだけです。

幸福度の可視化だけではダメなのですね。

ー九里先生

企業の成長はイノベーションの創発によるので、株主や投資家に向けてもその土壌がある(=人的資本力が高く、社員幸福度も高い)かどうかを示すことは必要です。そして、その示す方法として有効なのがサーベイです。


ただ日本の現場においてサーベイは、結果を見て「ああそれはよかった」で終わってしまい、振り返りもされない、ましてや今後にどう活かすのかの議論もされないことが多いのです。しかし、そこから「人的資本経営」を推進するためには、従業員個々の満足度を把握した上で、タレント・マネジメントも教育も、投資も必要なんです。


すでに海外では健康診断のように毎年幸福度を含むエンゲージメント(Employee Engagement)サーベイを実施し、その結果をもとにした人的資本への投資がどうなされているのか、を開示することが当然となっています。


日本においても、2023年から東証プライム上場企業には有価証券報告書にサスティナビリティと人的資本経営に関する指標について記載することが義務付けられました。これは、企業サステナビリティ(持続可能性)における人的資本を企業がどう考え、どのように具体的に投資して、そのリターンが経営指標にどう表れるかということの説明にほかなりません。現在はまだ限定的ですが、これからさらに多くの項目の開示が求められることが想定され、大企業はもう待ったなし、やらざるを得ないんです。


幸福度の可視化は企業規模に関わらず全ての企業がすべきだと思いますし、私個人・研究者としても、可視化以降の企業の取り組みの展開をしたいと思います。この研究は論文「人的資本経営に関する一考察」として2023年3月に発表しています。


つまり、タレント・マネジメントに落とし込み、生産性を向上させてイノベーションを起こし、ROE(自己資本利益率)を高め、PBR(株価純資産倍率)を上げ、人的資本および経済的資本の二面から企業価値を高めるという流れです。この一連の流れに伴走するサービスの出発点としてカルチャリアさんのサーベイをバージョンアップしたいと思っています。また、新卒社員、中途採用の確保、リスキリング教育による従業員の退職防止にもつなげたいとも考えています。

エンゲージメントサーベイではなく、
ハピネスサーベイが必要な理由

ー株式会社カルチャリア代表取締役社長・奥山由実子

近年、ストレスチェックやエンゲージメントサーベイはだんだんポピュラーになってきて導入企業も多くなってきています。しかし、人的資本経営においては「エンゲージメント=働きやすさ」だけでなく、九里先生がおっしゃるように「ハピネス=幸福度」も重要な指標なのでサーベイする必要があります。

 

カルチャリアではそれを「うちなるやる気・幸福度=働きがい」としてこれまでもサーベイに組み込んできました。

 

しかし残念ながら、日本の企業はまだまだ人的資本経営の途上であり、海外の事例をそのまま移植することができない上に、サーベイを活用する風土も醸成できていない状態です。

その状況から脱し、日本企業のガラパゴス化を食い止めるためにも、今回、九里先生の監修を経ることで、より進化したものになると確信しています。